勾当台公園や定禅寺通り、国分町など仙台の町や通りの名前の由来・謂れ

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◎勾当台公園(こうとうだいこうえん)
 仙台の繁華街”一番町”の北側、宮城県庁の南側にあるのが勾当台公園です。日曜日になると何かしらイベントがあったり、鳩にえさをやる親子連れがいたり、市民の街中のオアシスになってます。 でも、勾当台という名前、ちょっと変わっていると思いませんか? 

 時は伊達政宗の時代。 この地に花村勾当という盲人の屋敷がありました。彼は狂歌師としてその才能を政宗に愛され、屋敷を与えられた人です。彼の屋敷は高台にあったため、その地が勾当台と呼ばれるようになったそうです。

 その歌ですが、政宗に名を尋ねられて、「な(名)に一字 ちがいありとて ことごとし きみは政宗 われは政一」と即答したことで気に入られ登用されたということです。

 余談ですが、勾当と言うのは名前ではありません。盲人の組織の中での官職であり、検校(けんぎょう)、別当につづく上から3番目の役職です。ちなみに4番目(一番下)の官職は座頭(市っつぁんの役職!)です。

 公園内には藩政時代の四谷用水を復元したものや、石組みの人工滝、江戸時代の思想家・林子平や寛政の三力士のひとり・谷風の彫像などが置かれています。



◎定禅寺通り(じょうぜんじどおり)
 勾当台公園の南側を走り、仙台の12月の風物詩”光のページェント”や”ジャズフェスティバル”が行われる定禅寺通。政宗が仙台城を作るとき、鬼門の位置(北東)を守るために勾当台に作らせたのが真言密教の寺、定禅寺であり、そこへ通じる通りなので定禅寺通りとなりました。 光のページェントを見物するならば、青葉通りよりもこちらの通りのほうが断然綺麗ですよ!

 ちなみに、仙台のあと二つの大通り、仙台駅前から延びる青葉通と、青葉通と定禅寺通りの間にある広瀬通りは市民の投票によって名づけられました。


◎芭蕉の辻
(ばしょうのつじ)
 青葉城の大手からまっすぐ城下を東西に貫く道と、南北に縦断する旧奥州街道とが交差する十字路が芭蕉の辻です。

 現在、一番町の藤崎デパートの北西側十字路より、一丁西に行ったところが芭蕉の辻と言われていたところです。 名前の由来は色々と言われていますが、昔はここが城下町の中心地でしたので、各種の制札を掲げる”場所の辻”と称していたところに後世になって芭蕉の字をあてたもののようです。 今、芭蕉の辻が通っている国分町は、仙台の夜の歓楽街として有名になっています。




◎国分町(こくぶんちょう)
 奈良時代、現在の宮城野区木の下に陸奥国分寺が置かれました。 時代が下って、源頼朝が奥州藤原氏を討伐した際、戦いにおいて功績のあった千葉氏に国分寺を中心とした33ヶ町が与えられました。 千葉氏は姓を国分と改め、仙台一円は国分荘と呼ばれるようになりました。

 さらに時代が下って、伊達政宗がこの地の領主となると、この国分氏の家臣(国分衆)が町取り立てに際して一部が町人となり、木の下から芭蕉の辻の北側に移転させました。 そこで豪族であった国分氏の名前を残して “国分町” と称するようになったのです。



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